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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)4485号 判決

原告 大栄ジュークボックス株式会社

右代表者代表取締役 林信雄

右代理人弁護士 村下武司

同 石川幸吉

同 杉原尚士

同 板谷洋

被告 国

右代表者法務大臣 小林武治

右指定代理人 武内光治

〈ほか三名〉

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、金二、五九四、〇七〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求原因として、

一、原告は、債権者原告、債務者訴外高水義一間に存する東京法務局所属公証人渡辺好人作成昭和四三年第二三五一号損害賠償金支払契約公正証書の執行力ある公正証書正本に基き、五日市郵便局に勤務する職員であった同訴外人が第三債務者たる被告に対して有する将来受けるべき退職金債権について、昭和四五年三月二三日東京地方裁判所八王子支部昭和四五年(ル)第一八六〇号、同年(ヲ)第二〇五号債権差押及取立命令を受けた。

二、前項債権差押及取立命令は昭和四五年三月二五日被告(五日市郵便局長増喜忠)に送達された。

三、ところで、同訴外人が昭和四五年三月三一日をもって勤務先である五日市郵便局を退職したことに伴い、同人について金二、五九四、〇七〇円の退職金債権が発生した。

四、よって原告は被告に対し、前記退職金二、五九四、〇七〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ、被告の主張に対し、「五日市郵便局長が郵政省の分任支出官でないことは認めるが、五日市郵便局の責任者である同局長に本件命令が送達されれば、分任支出官への送達がなくとも、被告国が右命令を知り得る状態になるのであるから、同局長への送達によって本件命令の効力発生を認めるのが相当である。被告の主張欄第二・三項での被告の主張は、差押債権目録の記録を曲解するもので、まず、「昭和四五年四月以降」とある限定文言が本件退職金にかかわらないことは、退職金の退職時に支払われるものであることからして、四月以前とか四月以降とか区別して論ずること自体無意味なことが明かであるし、又、「四分の一あて」との文言が退職金にかからないことも右記載の文脈、旬読点に照して亦明白なところである。同第四項での被告の見解も争う。」と述べ、

証拠≪省略≫

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求め、原告勝訴の際仮執行の宣言が付される場合はその免脱宣言をするように申立て、答弁として、「請求原因第一項の事実中、訴外高水義一が五日市郵便局に勤務していたことは認めるが、その余の事実は知らない。同第二項の事実中、原告主張の日に本件命令が五日市郵便局長へ送達されたことは認めるが、これが被告国に対する送達であるとの点は否認する。同第三項の事実は認める。」

と述べ、反対主張として、

一、訴外人に対する退職金の支払いを担当する郵政省の分任支出官は立川郵便局長であり、五日市郵便局長には右支払いの権限がないから該命令の効力は発生しない。

二、仮に本件命令の効力が発生したとしても、差押債権目録の記載によれば、「訴外債務者が受くべき昭和四五年四月以降の退職金」とされているのであるが、本件退職金が同年三月三一日に同訴外人に全額支払済であるので、差押の効力は該退職金には及ばない。

三、又仮に、差押の効力が本件退職金債権に及ぶとしても、同じく右の記載によれば、差押の範囲を債権者たる原告自らその四分の一に限定しているのであるから、原告が全額につき請求しているのは失当である。

四、前項までの主張が全て認められないとしても、本件退職金債権は差押禁止債権であり、その四分の一を越えた金額に差押効力が及ぶものではないから、右退職金全額の支払を求めることは許されない。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

本件債権差押及取立命令が五日市郵便局長に送達されたこと及び同局長が郵政省の分任支出官でなく、本件の場合これに該当するのが立川郵便局長であることは当事者間に争いがない。

そこでまず、右送達の効力について判断する。

本件の如く、債務者が郵便局の職員である場合、第三債務者たる国の支払担当官庁がいずこであるかは一般人にとって必ずしも自明のことではなく、又本件命令の送達を受けた五日市郵便局長に、このような送達のあったことを分任支出官たる立川郵便局長に対して報告すべき義務があると解するのが相当であることに鑑みれば、本件の場合、五日市郵便局長への送達をもって有効な送達と解して妨げないといえなくもないかのごとくである。しかし、ひるがえって考えると、債権の差押は一刻、少くとも一日の先後を争うことがらである。右のごとき現実の受送達者に分任支出官への報告義務を認め、この報告が迅速になされたとしても、その直前に既に他の者からの債権差押及転付命令が同支出官に送達されていた場合とか、或いは同支出官から債務者への弁済の完了していた場合とかも充分にあり得ることである。このような場合を想定すると、先後の点に疑義が生ずるのをさけるため画一的解釈が要請される債権差押命令の効力判定にあたっては、一般人といえども僅かの労をついやして調査なり問合せをすれば分任支出官を容易に確知できる筈であるから、この労を怠ったことにより自ら迂路をたどった者を他に優先して保護しなければならないものかどうか、疑いなしとしない。まして、前述の報告義務といえども、精々のところ行政組織上の義務もしくは条理上の義務であるのに止まり、これを強制執行法上の義務であると解するのはいかにしても無理である。原告訴訟代理人は、五日市郵便局長が本件命令の送達を受けた以上、被告国がこれを知り得る状態になったとの意見を述べるが、行政組織体における権限分掌についての規律を理解せず、郵政職員に対する給与等の支払を分掌する特別官庁たる分任支出官と一郵便局の一般事務を統轄するのにすぎない者との区別を無視した立論で、左袒できない。このように考えてくると、五日市郵便局長に対する本件命令の送達をもって有効なものとみることはできないといわなければならない。

従って、訴外高水義一の被告国に対する退職金債権が有効に差押えられたことを前提とする原告の請求は、爾余の点について判断するまでもなく理由のないものとなる。

よって、原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二)

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